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今夏、タカコさんが旅立った。享年68歳、老衰でした。終(つい)の住まいはグループホーム(以下GH)「ひばり」。経口からの食事が難しくなった時点で、訪問医、家族と相談し、ホームで看取ることになる。
一か月余り、GHスタッフ全員とセンターが彼女の人生に寄り添った。猛暑の日々、室温を調整し、心安らぐ寝床を整え、床ずれ防止の温もりのある体位交換、水分補給、清拭などを行った。心地よいBGMが流れるなかタカコさんは穏やかに人生を閉じた。
今の時代、枯れるように逝くことは稀で場も少ない。人間もまた生物として生まれ、育ち、老いと死を迎える。その当たり前の営みが、家族の暮らしから消えて久しい。私たちにとって、GHは血縁を伴わない小さな共同体である。やはり、私たちが提した「新しい家族」なのかもしれない。
サブロウさんも、トヨコさんも、イワちゃんも、多くの仲間がGHでの看取りのなか人生を終えた。「終わりよければ、なお良し」と思う。そんな仲間たちのGH・地域での暮らしを創り、支えてきて50年。終わりではない。通過点である。
タカコさんは四人姉妹の末っ子。1歳になっても首が座らず、市大病院でダウン症と診断される。短命と医師に言われたが、家族の愛に包まれて育つ。養護学校卒業後、会社勤めはひと月も続かず、昭和53年8月幸陽園に入所。年老いていく両親の自立への願いを受け止め、てらん広場に入所。その後、GHに居を移してから父と母を見送る。同愛会で48年を生きた。そして、姉たちと仲間たちの見守りのなか永久(とわ)に旅立った。
総合判定に「老化現象が始まり、肥満傾向と共に動作が緩慢となり」と記されていた。彼女はその「老化現象」を34年、生きたことになる。
「よく食事をして みんなが食べてよく食べる。私と美津子さんは同じのすきなので、おもいでしました。 生協たちは仲良くなって ラジオをきいて楽しかった」。追悼集「ミッチャンの思い出」に綴った言葉だ。長い人生の日々を楽しみ、働き、仲間とつながって生きる朗らかな姿が常にあった。
*総合判定:措置制度では更生相談所の判定を受けて施設入所となる。